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No.243 69回目の「敗戦の日」は「学びの日」

2014年08月15日 14:09

今日、8月15日は69回目の「敗戦の日」である。あの戦争で、日本人が310万人、アジア地域で約2000万人の方々が生命を奪われた。当然、傷つき、奪われ、喪失したことによって戦後の長い間、辛い思いをしてきた人々は数知れない。


戦後生まれが7割を超え、ほとんどの日本人が戦争を体験していない。戦争というものの実態、悲惨さ、非人間性を皮膚感覚でとらえることのできなくなった市民の増加が、安倍や石破などの机上の空論で人の死を弄ぶような政治家の跋扈を許しているのかもしれない。


今朝の毎日新聞は、戦争の記憶を語り継ぐことが重要と特集記事を組んでいる。作家の星野智幸氏が「戦争は美しくも格好良くもない。人間の手足が吹き飛び、内臓が飛び出す。出征前は、ごく普通の平凡で真面目な人達が、戦場では人を殺すだけでなく、強盗や性犯罪を犯してしまう」と記す。


人間は学ぶことができる。体験していなくても、数々の書物やフィルム、語り部の証言などから、追体験することもできる。70年前の戦争で何があったのか、なぜ100年前の世界大戦で200万人もの若い兵士が消耗品のごとくが死に追いやられたのか。


いつからだろう。戦時中の日本の加害行為や戦争責任について述べることを「自虐史観」という名のもとに攻撃、否定する者たちが現れた。彼らは、あの戦争を侵略戦争ではないと言いつのり、中国での虐殺行為や沖縄の集団自決や日本軍慰安婦は「なかったこと」とする。


まるで駄々っ子だ。「天皇の軍隊が、美しい国日本がそんなことをやるはずがない」というだけの反知性主義。歴史の否定、改竄であり、過去と未来に対する冒涜であろう。彼らに論理は通用しない。


とはいえ、戦争の記憶が絶対的に退化していることも事実だ。集団的自衛権を認めてもよいのではないかという声も若者の中から聞こえてきそうだ。戦争が現実のものになると想像できないのだろう。人間は忘れる。だから、繰り返し、しつこいくらいに学んでいかなければならない。まさに、今日がその日だろう。


(政策情報室 馬場修)